株式の割安・割高を測る物差しは数多くありますが、「資本構成(借金の多寡)」に左右されにくく、設備投資の重い産業でも比較しやすい——この2点を満たす指標として実務で最も多用されるのがEV/EBITDAです。
投資家はもちろん、企業のM&A担当や証券アナリストにとっても“共通言語”です。
本記事では、定義から計算式、活用場面、落とし穴、他指標との使い分けまで、表面的な暗記で終わらせない形で掘り下げます。
EV/EBITDA使う理由
- 金利環境の変化:金利の上げ下げでPERがブレやすい局面ほど、資本構成ニュートラルなEV/EBITDAの相対比較が効きます。
- 会計基準の影響:リース会計(IFRS16/US-GAAP ASC842)によりEBITDAが見かけ上膨らむケースが増加。正しい調整を理解しているかで評価が変わります。
- M&A活況:買収価格(Enterprise Value)と利益創出力(EBITDA)の対応が明瞭で、買収倍率として最前線で使われます。
いまEV/EBITDAを正しく読み解ける投資家は、景気・金利・会計のノイズに埋もれず「本当の比較軸」を持てます。
EV/EBITDAとは?
定義と計算イメージ
EV(Enterprise Value)=事業の総価値
代表的な算式:
EV = 時価総額 + 有利子負債 + 少数株主持分 + 優先株等 − 現金同等物
EBITDA=税引前・利払い前・減価償却前利益
代表的な算式:
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費 + のれん償却(基準次第)
指標そのもの: EV/EBITDA = 企業価値(EV) ÷ EBITDA
- 低いほど、同じ稼ぐ力に対して価値が“安い”。
- 高いほど、期待の織り込みが大きい、または資産の軽さ/成長性が高い。
直感的な理解
事業をまるごと買う価格(EV)を、その事業が生む“現金化に近い力”(EBITDA)で割る。
つまり、「この事業を買ったら、元が何年で取れるか」のラフな感覚に通じます。
※厳密な回収年数ではありませんが、倍率は相場観の軸になります。
指標の“効く産業・効きにくい産業”
効きやすい例
- 設備投資が重い産業:通信、電力、重工、製造。減価償却差でPERが歪むのをEBITDAで補正。
- M&Aが盛んな分野:ソフトウェア、ヘルスケアの一部、メディア。買収交渉での共通レート。
注意が必要な例
- 超高成長・低利益期のSaaS:EBITDAが小さい/マイナスで倍率が意味を成しにくい。
- 小売・飲食(賃借多い):IFRS16以降、EBITDAが上ぶれしやすい。家賃調整(EBITDAR等)が必要なことも。
- 資源・景気循環:コモディティ価格の変動でEBITDAがサイクルに振られる。ボトムやピークの倍率は誤認の温床。
指標としての強み・弱み
強み
- 資本構成(Debt/Equity)の違いを相対的に中立化。
- 減価償却の差で歪むPERを補正し、キャッシュ創出力に近い感度。
- M&Aの価格交渉・相場観に直結。
弱み
- CAPEX(設備投資)を無視:EBITDAは“投資前”の稼ぐ力。更新投資が大きい事業では実際のフリーCFと乖離。
- 会計差(IFRS/US-GAAP、リース、のれん)の影響を受けやすく、調整が甘いと誤解。
- 株式報酬(SBC)はEBITDAに含まれるため、実質的な希薄化コストを見落とすリスク。
他の主要な財務指標との比較、使い分け表
指標 | 何を見ているか | 強み | 弱み・落とし穴 | 合う産業・局面 |
---|---|---|---|---|
EV/EBITDA | 事業価値/稼ぐ力 | 資本構成ニュートラル、M&A実務で強い | CAPEX無視、会計調整が命 | 設備投資重い産業、買収比較 |
PER | 株主利益/株価 | わかりやすい | 減価償却/財務費用に左右、赤字で不可 | 安定利益企業、メガキャップ比較 |
EV/Sales | 事業価値/売上 | 赤字でも比較可 | 収益性の差を無視 | 早期SaaS、成長評価の初期段階 |
P/FCF | 株価/フリーCF | キャッシュ重視 | 景気・投資周期で変動大 | 成熟企業、資本効率重視 |
P/B | 株価/簿価 | 金融・資産リッチ | 無形資産型では意味薄 | 金融、資産運用、資本性評価 |
基本的ではありますが、単独の指標での断定は危険であるため、EV/EBITDAを軸に、FCF利回りや成長率等の別の指標を用いたで二次元評価にするのが実務的には強いです。
“だいたいのレンジ”と読み方のコツ
※レンジはあくまで相場観。金利・景気・会計変更で動きます。
- 公益・通信・インフラ:6–10倍(安定だが成長鈍い)
- 製造・素材(景気循環):4–9倍(サイクル位置で大差)
- コンシューマー安定:7–12倍(ブランド力・価格支配力で上振れ)
- ソフトウェア/デジタル:12–25倍(高成長・資産軽いほど高倍率)
- 小売/外食(賃借多い):6–12倍(リース調整を忘れない)
読み方のコツ
- “高い/低い”は同業内での相対が基本。
- 成長率・マージン・維持投資(CAPEX)・SBCをセットで確認。
- サイクル産業は平準化(過去平均、ミッドサイクルEBITDA)で見る。
投資家の活用フロー
- 素データの正規化:EVは現金・負債・少数株主持分・優先株・リース債務の扱いを統一。EBITDAは一過性項目の除外、リース/のれん方針を明記。
- 相対比較の軸を同業に固定:可比企業群(地域、ビジネスモデル、会計基準)を揃える。同業内の中位値/四分位で自社位置を把握。
- 二次元評価:EV/EBITDA × 売上成長率でマトリクス化。低倍率×高成長の“右下”をスクリーニング。
- キャッシュの裏取り:FCFマージン・維持CAPEX・運転資本の季節性で持続性を検証。SBCの希薄化影響を推定(発行ペースや買戻し有無)。
- ストーリーの検証:価格決定力(値上げ耐性)、固定費レバー、規模の経済、ネットワーク効果など構造理由に落とし込む。
投資家にとってのメリットとリスク
メリット
- 資本構成差を中立化し、“事業の稼ぐ力”で素直に比較できる。
- 買収相場とも整合的で、実務に直結。
- 景気や会計処理のノイズを一部吸収。
リスク
- EBITDAは投資前の数字。維持・成長に必要なCAPEXを無視すると誤判定。
- リース・のれん・一過性の調整を怠ると比較不能。
- サイクルピークのEBITDAで見ると“永続しない高収益”を過大評価。
【ケーススタディ】手計算で腑に落とす
ある企業A(単位:億円)
- 時価総額:12,000
- 有利子負債:3,000
- 現金等:1,500
- 少数株主持分:200
- 優先株等:0
EVの計算
EV = 12,000 + 3,000 + 200 − 1,500 = 13,700(億円)
EBITDAの計算
- 営業利益:1,000
- 減価償却費:400
- のれん償却:基準により異なる(ここでは0と仮置)
EBITDA = 1,000 + 400 + 0 = 1,400(億円)
EV/EBITDA
13,700 ÷ 1,400 = 約9.8倍
同業の中央値が8倍ならやや割高、12倍なら割安寄りという相対評価が可能。ここから成長率・FCF・維持CAPEX・SBCを重ねて最終判断へ。
実務でのチェックリスト(落とし穴を避ける)
リース債務をEVに含めたか?家賃費用の扱いは整合しているか?
一過性損益を除いた“調整EBITDA”が妥当か?
少数株主持分をEVに足したうえで、EBITDAも100%ベースか?
のれん償却の有無(基準差)を把握したか?
維持CAPEX/FCFで持続性を裏取りしたか?
サイクル調整(平均年、ミッドサイクル)で見たか?
株式報酬(SBC)の希薄化や買戻しでの補完を確認したか?
まとめ
EV/EBITDAは、事業価値と稼ぐ力を直結させることで、資本構成や減価償却のノイズを相対的に抑え、産業横断の比較軸を提供します。一方で、CAPEXやリースの扱い、一過性項目の調整、サイクル平準化を怠れば簡単に誤ります。
おすすめは、同業内の中央値比較 → 成長率との二次元評価 → FCF・維持投資の裏取りという三段ロジック。これにより「なぜその企業が割安(割高)なのか」を構造的な理由で説明でき、投資判断の再現性が高まります。
最後にもう一度強調しますが、単独指標での断定はリスクが高い。EV/EBITDAは強力な“軸”ですが、FCFや成長、競争優位の質とセットで使ってこそ真価を発揮します。これが、ノイズの多い市場であなたのブレないコンパスになるはずです。
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