2025年8月、ボーイング(BA)の月間引き渡しは57機(うち737 MAXが42機)。年初来は385機で、すでに2024年通年348機を超えました。
一方で、ライバルのエアバスは同月61機(年初来434機)と依然リード。最大のカギは、アラスカ航空1282便の事故以後に米FAAが課している「737 MAX 生産上限(月38機)」がいまだ解除されていない点です。
新CEOのケリー・オートバーグ体制下で、品質・安全・生産の三位一体改革が数字に収斂し始めた今、投資家は「いつ、どの順番で正常化が進むか」を見極める局面にあります。
分析対象の概要
- セクター:航空宇宙・防衛(Aerospace & Defense)
- 事業区分:BCA(商用機)/ BDS(防衛・宇宙・セキュリティ)/ BGS(グローバルサービス)
- 2024年売上高:総額665億ドル(BCA228.6、BDS239.2、BGS199.5、いずれも十億ドル)
- 時価総額:約1,740億ドル(2025年9月上旬時点)
- ビジネスモデル:機体販売(737/787/777等)+アフターサービス(部品供給・整備改修・訓練等)+政府向けプログラム
BCAとBDSは景気感応度・収益ドライバーが異なり、景気変動局面でもBGSが安定キャッシュを下支えする構造です。2024年はBCA・BDSとも赤字、BGSが黒字と対照的でした。
3C+リスク分析(自社・競合・市場+リスク)
Company(自社)
- 品質・安全再構築:2024年のドアプラグ事故を受け737 MAX月38機の生産上限が継続。解除判断は未決。
- オペレーション:2025年8月の引き渡し57機(MAX中心)。「上限の中での生産最適化」を進める。
- 財務の芽:2025年2Qは売上227億ドル、営業CF+2億/FCF▲2億、バックログ6,190億ドル(商用機5,900機超)。
- サプライ網:Spirit AeroSystems買収は英国CMAが2025年8月にフェーズ1承認、年内(4Q)クロージング見込み。自社内で品質と歩留りを是正する狙い。
Competitor(競合)
- エアバス:2025年8月61機、年初来434機。通期820機目標を掲げるも、エンジン供給に制約。
- 勝負の本質:量より「安全文化×安定歩留り」。規制適合と品質の確実性が最重要KPI。
Customer/Market(市場)
旅客需要は回復基調が続き、単通路機の燃費改善需要と新興国の路線拡張が中長期ドライバー。受注残は過去最高級の厚みで、価格決定力も回復傾向です。
横断リスク
- 規制:FAAの生産上限長期化は数量・CF回復のタイミングを左右。
- 法務・評判:MAX関連の司法手続きは尾を引く可能性。
- 宇宙事業:Starlinerは2024年に無人帰還、宇宙飛行士は2025年3月にDragonで帰還。技術課題の解消が前提。
- 労使:防衛部門のスト長期化はプログラム進捗に影響し得る。
SWOT分析
Strengths(強み)
- 二社寡占の片翼:代替の効きにくい供給者地位
- 分厚いバックログ:$619B(商用機5,900機超)
- BGSの安定収益力:顧客接点を維持し高粗利
Weaknesses(弱み)
- 品質・安全文化の毀損からの回復途上
- 高負債・FCF不安定:2025年2Q時点で黒字転換は萌芽段階
- BDSの固定価格開発損失:2024年に50億ドル計上
Opportunities(機会)
- FAA上限の段階解除→ 数量増と前受金の戻りでCF改善レバー
- Spirit統合:垂直統合で歩留り・品質を一体管理
- 新興市場の機材更新・拡張需要
Threats(脅威)
- 再発事故・重大不具合による規制強化
- エアバスのA321neo/XLR優位深化
- Starlinerの追加手直し・スケジュール遅延
財務分析(PL/BS/CF・株主還元・競合比較)
PL(損益)
- 2025年2Q:売上227億ドル、GAAP EPS▲0.92、コアEPS▲1.24、商用機引き渡し150機
- 2024通期:売上665億ドル、BCA/BDS赤字・BGS黒字のミックス
BS(貸借)
現金等の積み増しを進めつつ、総負債は依然大きい水準。格付け・資本市場の目線は「生産安定→CF定着→負債圧縮」の順序に敏感です。
CF(キャッシュフロー)
2025年2Qの営業CFは+2億、FCFは▲2億。上限継続下では前受金の弾みは限定的で、数量より品質・監査パス率の改善が先。
株主還元
- 配当:2020年3月以降停止継続中(再開時期未定)
- 自社株:2019年以降停止
セグメント売上(2024年)
セグメント | 売上(十億$) | 補足 |
---|---|---|
BCA(商用機) | 22.861 | MAX顧客向けコンセッション▲0.443含む |
BDS(防衛・宇宙) | 23.918 | 固定価格開発▲50億$の損失 |
BGS(サービス) | 19.954 | 安定黒字・顧客接点の起点 |
合計 | 66.517 | — |
競合比較(引き渡しトレンド)
項目 | ボーイング | エアバス |
---|---|---|
2025年8月引き渡し | 57機 | 61機 |
年初来(~8月) | 385機 | 434機 |
通期目標 | ~580機目線(外部推計) | 820機(会社方針) |
制約 | FAAの生産上限(MAX月38機) | エンジン供給・客室品の遅延 |
セクター比較(航空機メーカー/防衛・宇宙)
商用機は単通路機の置き換えが数量ドライバー。
寡占と厚いバックログが長期の量を担保する一方、短中期では監査指摘の減少・再作業率の低下といった「質KPI」がリレーションの差を生みます。
防衛は契約形態(固定価格vsコスト型)の設計が収益性を規定。宇宙はStarlinerの教訓を品質文化へ還流できるかが試金石です。
投資家にとってのメリットとリスク
メリット
- 長期需要の見通し:過去最高級のバックログと単通路機の更新波
- 経営の梶切り:新CEO体制で現場主義・品質重視へ転地
- 再評価のトリガー:「FAA上限解除×Spirit統合×監査定常化」が同時進行すればFCF期待(27–28年)が可視化
リスク
- 規制の不確実性:上限解除の遅延で数量・前受金が伸びず、負債圧縮が後ろ倒し
- 法務の尾:MAX関連の審理・合意条件次第では追加コスト
- 宇宙の不確実性:Starlinerの設計・安全課題が残存
- 統合作業:Spiritの品質システムの段差解消に時間とコスト
まとめ(私の立場)
「品質KPIの可視的改善を確認しつつ段階的に積み増す」のが吉と考えられますです。
短期の最重要ファクターはFAAの上限解除。四半期ごとの再作業率・監査指摘件数・引き渡しの安定性を定点観測し、改善が定常化したタイミングでウェイトを高めます。中期はSpirit統合による歩留り改善とBDSの契約設計見直し、BGSの高マージン維持が揃えば、2027–28年のFCF階段に乗りやすい。配当再開はその結果として現れるシグナルと捉えます。
事故・不具合ゼロの積み重ねこそ最大の株主価値創造です。
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