金融工学は投資のためだけでなく、金融機関・ファンド・企業のリスク管理に広く利用されています。
本記事では、実務の現場で使われる代表的なリスク管理手法である「市場リスク」「信用リスク」「操作リスク+流動性リスク」について、基本から実務イメージまでわかりやすく解説します。
1. 市場リスク(Market Risk:MR)
市場リスクとは、株価・金利・為替・商品価格など、市場変動によって発生するリスクです。
銀行・証券・ファンドが最も重視するリスク領域です。
① VaR(Value at Risk)
VaRは、一定の信頼水準のもとで、一定期間に想定される最大損失額を示す指標です。
例:1日95%VaR=5,000万円
→「95%の確率で、1日の損失は5,000万円以内に収まる」
VaRのポイント:
- 市場リスク管理の世界標準指標
- 株・債券・為替などあらゆるポートフォリオに適用される
- シミュレーション(モンテカルロ)、分散共分散法、ヒストリカル法など計算方法が複数ある
② ES(Expected Shortfall:期待ショートフォール)
ES(期待ショートフォール)は、VaRが捉えきれない“その先の損失の深さ”までを見る指標です。
例:
- VaRは「5%の確率で起きる最悪損失」の境目
- ESはその「最悪5%に入る損失の平均」
=> つまりESはより厳しいリスク管理指標と言え、
バーゼル規制でも採用されるほど信頼性の高い指標です。
2. 信用リスク(Credit Risk:CR)
信用リスクとは、取引先の倒産や債務不履行(デフォルト)によって損失が発生するリスクです。
銀行や社債投資における中心的リスク管理領域です。
① PD(Probability of Default:デフォルト確率)
「一定期間内にデフォルトする確率」を表します。
- 1年PD:1年間でデフォルトする確率
- 銀行の審査や格付けモデルで利用される
② LGD(Loss Given Default:デフォルト時損失率)
LGDは「倒産した場合にどれだけ損が出るか」を示します。
- 担保が多い → LGDは低い
- 無担保・後順位債 → LGDは高い
③ EAD(Exposure at Default:デフォルト時エクスポージャ)
EADは「デフォルト時点でどれだけ貸しているか・投資しているか」を示します。
- ローン残高
- 社債の簿価
- デリバティブ取引の評価額
信用リスクの損失期待値は通常、次で計算されます:
Expected Loss = PD × LGD × EAD
この計算は銀行の審査・格付・貸倒引当金の算定などあらゆる場面で利用されています。
④ CDS(Credit Default Swap)とは?
CDSは「企業がデフォルトした場合の保険」のようなデリバティブ商品です。
特徴:
- 買い手は“倒産保険”に加入するイメージ
- 売り手は“保険会社”のような役割
- CDSスプレッドは「企業の信用リスクの高さ」を直接示す
CDS市場は、債券市場の“健康状態”をチェックする重要な指標として世界中で利用されています。
3. 操作リスク・流動性リスク
① 操作リスク(Operational Risk)
操作リスクとは、人のミス・システム障害・不正など、金融市場とは関係のない内部的事象によるリスクです。
- システム障害
- 入力ミス・誤発注
- 従業員の不正
- 管理手続きの不備
金融機関では、内部統制・監査・システムの二重化などで管理されます。
② 流動性リスク(Liquidity Risk)
流動性リスクとは、「必要なときに取引ができない」「大量に売却すると価格が暴落する」などのリスクです。
- 出来高の少ない株式・債券
- 不動産など換金に時間がかかる資産
- 市場混乱時に売りが殺到し価格が急落するケース
市場リスクとは異なり、「売りたいときに売れない」という実務的なリスクが大きい点が特徴です。
まとめ
本記事では、実務で使われるリスク管理手法を体系的に整理しました。
- 市場リスク:VaRとESで損失可能性を数値化
- 信用リスク:PD・LGD・EADの3要素で定量化
- 操作リスク:人為ミスや不正など内部リスク
- 流動性リスク:市場で取引できないリスク
金融工学は、投資家だけでなく金融機関や企業のリスク管理の現場で強く活用されており、
その理解は実務において大きな武器になります。
次の記事では、プログラミング(Python)を使った金融工学の実装例やアルゴリズムについて紹介します。
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