半導体微細化の最前線で“質”を担保するのはフォトマスク検査です。レーザーテック(6920)は、EUV(極端紫外線)マスクのアクチニック(実波長)検査という代替の利きにくい領域で独走し、2025年6月期は増収増益で着地しました。
一方で、足元の受注は反動減が目立ち、短期ボラティリティが投資家の悩みどころ。本稿では構造(なぜ強いのか)と循環(なぜ揺れるのか)を切り分け、投資判断に使える深度で整理します。
- 2025/6期:売上2,514.8億円、営業益1,228.4億円、営業利益率48.8%、EPS 938.61円、年間配当329円
- 2026/6期会社計画:売上2,000億円、営業益850億円(保守的スタート)
- 株主還元:自己株買い(上限100万株・120億円)を機動実施
短期は調整余地を織り込みつつも、中期はHigh-NA本格化とリカーリング強化で右肩上がりを基本シナリオとします。
なぜこのタイミングで分析を行う意味があるのか
今は「強い実績×弱い受注」が同居する踊り場。さらにASMLのHigh-NA初号出荷、先端ロジック・HBM投資のニュースフローが相次ぎ、前提のアップデートが必要です。
今の揺れが構造悪化なのか、あるいは投資前倒しの反動なのかを見極めるには、製品ポジションと顧客の導入カーブを同時に見ることが重要です。
- High-NA立ち上がり=マスク検査の品質ゲートがより重要に
- HBM/先端パッケージ拡大=EUV使用機会とマスク本数の底上げ
- 同社は四半期受注開示の簡素化で短期可視性が低下→ボラ拡大
分析対象の概要
レーザーテックは検査・計測に特化したファブライト(外部生産活用)モデル。EUVマスク領域でACTIS(アクチニック・パターンマスク欠陥検査)とMATRICS(マスクブランク/パターン検査・レビュー)が柱で、High-NA対応のACTIS A300、EUVペリクル検査PELMISまでをラインアップ。装置に加えサービス売上が伸長し、収益平準化のクッションが太くなっています。
- 主力:ACTIS A300(High-NA/ペリクル越し検査対応)
- 周辺:MATRICS、ABICS/MAGICS、BASIC、PELMIS(EPM200等)
- 収益構造:装置+サービス(保守/改良/性能アップグレード)
事業内容と業界動向
EUVでは“実物のEUV光”での検査(アクチニック)が欠陥の印字性を最も正しく判定できます。High-NA世代では欠陥許容度がさらに厳格化し、ペリクル越しでの感度・再現性が勝負。同社はこの要件を満たす希少プレイヤーです。
- 微細化の不可逆トレンド:High-NA(NA0.55)移行は段階的でも後戻りはしにくい
- 顧客投資:先端ロジックはHigh-NA評価→段階導入、メモリはHBM特需で堅調
- マクロ:装置市場(WFE)は2025年過去最高圏、2026年も増勢見込み
SWOT分析(強み・弱み・機会・脅威)
Strengths|強み
- 技術モート:アクチニックEUVパターン検査の商用化で世界先行
- 利益率の高さ:営業利益率約49%の高採算体質
- フルスタック:マスク/ブランク/エッジ/ペリクルまで一気通貫
- リカーリング:稼働台数増に伴いサービスが伸長
Weaknesses|弱み
- 受注ボラ:年度で大きく振れる(投資前倒し→反動の典型)
- 顧客集中:先端ロジック/メモリ大手の投資タイミングに依存
- 可視性低下:四半期受注・残高の非開示化で短期の読みにくさ
Opportunities|機会
- High-NA量産:品質ゲートの重要性が一段と上昇
- HBM拡大:EUV使用機会増→マスク検査需要の底上げ
- 新材料ペリクル:CNT等の普及でPELMISの導入余地拡大
Threats|脅威
- 導入テンポ:費用対効果次第で立ち上がりが後ろ倒し
- 地政学・規制:対中規制や輸出管理の影響リスク
- 長期競争:大手計測のR&D強化による代替・補完の可能性
競合他社との主要な財務指標比較
同業大手と横比較し、レーザーテックの“ニッチ王者”としての輪郭を定量で確認します(直近期・会社公表値ベース)。
企業 | 決算期 | 売上高 | 営業利益 | 営業利益率 | 補足 |
---|---|---|---|---|---|
レーザーテック | 2025/6 | 2,514.8億円 | 1,228.4億円 | 48.8% | アクチニックEUV検査で独走、サービス比率上昇 |
東京エレクトロン | 2025/3 | 2兆4,315億円 | 6,973億円 | 28.7% | 前後工程を広くカバーする総合装置 |
SCREEN HD | 2025/3 | 6,252億円 | 1,170億円 | 18.7% | 洗浄装置で高シェア |
アドバンテスト | 2025/3 | 7,797億円 | 2,281億円 | 29.3% | AI/HBM向けテスタが牽引 |
レーザーテックは規模は小さいが利益率は突出しています。つまり「高付加価値ニッチ×独占近似」の収益設計一方で装置受注の山谷が当期業績に反映されやすく、株価ボラも相対的に大きいといえます。
セクター比較
装置市場(WFE)は2025年に過去最高圏、2026年も拡大見込み。ファウンドリ/ロジックの先端投資とHBMが牽引し、露光ではHigh-NAの実装準備が進展。これらはEUVマスク検査の“一次関数的追い風”です。
- Foundry/Logic:先端ノード量産拡大→EUV段数・マスク枚数の増加
- Memory(HBM):需要強含み→先端DRAM投資継続
- 地理:台湾/韓国/中国の比重が高い構図は継続
今後の戦略と展望の分析
会社計画は2026/6期の減収減益を見込む慎重さ。ただし、製品ロードマップと資本政策で“次の波”への助走は整っています。
- 品質ゲートの死守:ACTIS A300でHigh-NA実波長・ペリクル越し検査を標準化
- ペリクル×新材料:PELMIS(EPM200等)でCNTなど次世代材の検査レンジを拡張
- ファブライト×R&D集中:巨額CapExを避け、研究開発とサービスに資源配分
- 資本配分:配当+機動的自己株買いでEPSと需給を平準化
2026年前半=“仕込み期”。2026後半〜2027年にかけてHigh-NA量産準備が加速し、受注→売上が再加速する主シナリオとおけます。
投資家にとってのメリットとリスク
メリット
- 独占的ポジション:EUVマスク検査の“必須工程”で高マージンが持続
- 構造追い風:High-NA/先端DRAM/先端パッケージ拡大が長期需要を下支え
- リカーリング強化:装置の積み上がりに伴うサービス収益の増勢
リスク
- 受注変動:年度ごとの前倒し/反動・顧客案件の時期ずれ
- 実装テンポ:High-NAの費用対効果判断次第でスケジュールが遅延
- 地政学・規制:輸出管理・対中規制の変更リスク
露光機の導入前後〜量産立ち上がり期にマスク検査の需要が段階的に高まる“定石”は過去のEUV初期波でも観測済み。今回のHigh-NAはそのもう一段深い波です。
まとめ
- 結論:短期はボラを許容しつつ、中期はEUV/High-NAの不可逆トレンドに乗る「中期強気」。
- 見るべき指標:ACTIS/PELMISの製品更新、ASML/顧客のHigh-NA進捗、HBM/CoWoSの能力増強ニュース。
- 実務アクション:四半期受注の可視性低下ゆえ、ニュースやプロセス側マイルストーン(量産承認・歩留まり改善報)をトリガーに売買のリズムを設計。
レーザーテックは「小さくても極端に強い」装置メーカーです。EUVという幹にHigh-NA/ペリクル新材料という枝葉が伸びる限り、その品質ゲートの番人としての役割は増すばかり。だからこそ、谷は怖いが、構造が勝つと信じて拾えるかが勝負どころです。
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